2004年11月16日

ゼロを作る

 一から始める、とよく言うが、本当はその下には、ゼロがあるはずなのだ。モノの始まりは、すべてゼロ。そして、ゼロは一の下に埋もれてしまって、注目されることなく、上の数字達をずっと支えている。世の中に「始祖」と呼ばれて賞賛されるのは「一」の役割を担った者である。
 
 かつて、私もゼロを作ったことがある。
 
 大学に入る前に広告って面白いな、と思い始め、大学の門の前で派手に勧誘をしていた広告研究会に、一秒も検討することもなく入った。自分から「入りたいんですけど」と言ってきたのは、自分だけだった、と後で聞いた。広告を、作ってみたかった。
 当時活動の中心となっているのは「学生イベント」であった。「制作」といわれたチームは二チームだったが、誰かに「教えてもらう」ことはできなかった。自分でコピーライターの本、アートディレクターの本などを読み、TCC年鑑の存在を知り、図書館に見に行って勉強していた。
  
 「本格的な、グラフィック広告制作チームを作る」
 
 二年生に上がる直前、私は会議の場で主張した。
 小中と、学級委員や生徒会に参加したこともなく、部活の部長になったこともなかった。リーダーというものの経験は全くない。しかし、自分がやりたいことができないなら、作るしかない。
 作るのは自由。特に反対もなく、設立は決まった。ただし、先輩はいない。昨年度、なんらかの制作の実績は、この会にはない。一番上が、もうすぐ二年生になる自分だった。 
 私の作った、グラフィック広告チームは、春に36人の一年生が入って、上々のスタートを切った。説明会での私は、ずいぶんカッコイイことを言っていたらしい。それにひかれてたくさん入ってきた、と後で聞いた。
 当たり前だ。本で読んだクリエイター達の言葉の受け売りだったのだから。メッキは、早々に剥げる。
 活動の柱は、東京広告協会が主催し、大手広告会社Hのクリエイター審査する「学生広告制作講座」(実際にある商品を課題に、TVCMやグラフィック広告を作るというもの)宣伝会議賞、読売広告賞、朝日広告賞に、参加応募することだった。それも、今まで一切参加してこなかったものだ。「学生広告制作講座」は、私が一年生のときに先輩から存在を知らされ、経った一人で参加した。(結果、三位入賞)
 しかし、36人を一人でまとめる力は自分になかった。夏を過ぎると、一年生は10人くらいに減り、秋になると、6人になった。二年生も顔を出さなくなる。途中で解散したインターネット広告チームを吸収しても、8人というありさまだった。
 大手を振ったわりには、失敗しやがったと、上からの風当たりも強い。逃げたくなることだらけだった。
 
 自分は、ここがサークルであることを忘れていた。自分の、コピーライターになりたい、という願望の強さのあまり、サークルの楽しさを提供していなかった。遊び下手で、下戸が災いした。イベントチームや映像チームは、みんなで遊びに行ったり、飲みに行くという「大学生活全体」をサポートできていて、大勢の人間を残せていた。
 遊び下手なら、遊び上手なやつにアイディアをもらえばいい。下戸なら、酒以外で盛り上げられるような人間になればいい。勝手に一人で背負って行き詰まっているのだから世話はない。
 ただ、残った六人は、みんなやる気だった。週に二回の活動に顔を出してくれて、アイディアを出し合い、徹夜して作り上げる。結局、宣伝会議賞から、読売広告賞、朝日広告賞にまで応募し切って、全く賞はとれなかったが、活動の履歴を作ることができた。
 学年があがる時に、一人の後輩が、手を上げた。

 「私が、制作チームを継ぎます。」

 彼女は、T女子大学から来ていた。

 彼女は、遊びが上手で、酒の席でも明るく、周りを盛り上げる。人にも好かれやすい。ただ、物理的な距離が、負担になることは明かだった。週二回、活動の準備をして、大学の授業後に駆けつける。その負担は大変なものだ。それでも、やると言ってくれる。
 嬉しかった。

 彼女がリーダをしてから、グラフィック広告チームは発展を遂げた。人の数も増え、できあがってくるものの質も、明らかに向上した。さらに翌年も後を継ぐ人間ができて、いまだにグラフィック広告チームは、広告研究会の中に存在し、活動を「商店街の広告活動」や三大学合同批評会と広げ、まずまず発展している。
 私の名前は、もう忘れられている。私のあとにリーダーとなった女性の名前は知られているが、私はもう、「1」を支える存在となって、埋もれた。先日、頼みごとがあって顔を出したが、私を知る者はなく、名乗っても「お名前はかねがね…」と言う者もいなかった。
 しかし、活動をしている後輩達を見て、「あの時俺が手を上げなかったら、絶対に今はなかった」と思える。あの1年間で見ると失敗だったが、あれから5年経って、見事に成功している。
 
 これでいい。もう誰にも見えない、誰も見ようとはしないが、確実に自分の痕跡は残っている。

 ゼロを作るには、大量のエネルギーがいる。耐えることも、悩むことも多い。その割に、注目はされにくい。周りからすれば、損な役回りだ。
 
 でもね、ゼロを作った人間には、失敗を恐れない精神と、周囲の攻撃に耐える頑丈さと、その後の未来を、誰よりも楽しめる権利が与えられるのだよ。
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2004年08月20日

好きだった人

好きだった、中島らも氏が亡くなりました。酒を飲んで階段から転がり落ち、脳挫傷で意識不明のまま、7月26日に逝去。52歳。
あと10年は書けた筈だよな…。書いて欲しかった。
でも、彼の理想の死に方だったのではないでしょうか。奥様も、公式HPでそう書かれています。

実はここ最近の彼は、長年の酒と、複数繰り返したアルコール依存症による入院(それをネタに、「今夜、すべてのバーで」という小説を執筆。吉川英二文学新人賞を受賞。タダでは起きない。)で手が震え、ペンが持てなかったのです。奥様が、口述筆記を取っていました。
そんな彼が、ある時言ったそうです。

「おれはみんなの笑顔で生きているのだ」

彼がとても書ける状態ではないのに、口述筆記で書きつづけたのは、笑顔が欲しかったから。自分を生かしてくれる人々(それは、中島らもに生かされている人でもある)の為に、だった。

僕は、誰を生かし、誰に生かされていますか?


少し前まで、原田宗典氏に毎週日曜日に会っていました。そこで小説やエッセイを書くことを覚え、そこで出会った仲間達とちょっとした同人誌を作ります。まぁ、遊び、ですけどね。楽しい楽しい。
中島らも氏が亡くなり、一層その熱が上がっています。

〆切が、8月31日です。まだ、1ページも書けていません。
予定通りです。

別に、うつ病でも、精神病でも、怪しい宗教に入ったわけでもありません。
飲んでるだけです。
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街と人

つい最近、汐留と六本木ヒルズをハシゴする、というコンセプトは何だ?と問い詰めたくなるようなことをしてしまいました。
(いや、単に広島から出てきた友達を連れていっただけなんだが。)
そこで思ったんですよ。最近「スポット」と言われる場所って、「食う」と「買う」しかないじゃないか。品川も同じようなものだ、と聞いたし。まぁ、バブル時の様に、猫なで声で「買ってぇ〜」というねだる女に対して「おっちゃんお金持ってんでぇ〜」と言うオヤジの金を根こそぎはがし取る作戦、を展開しているわけではないだろうが。
ただ、ここ数年「男の遊び場」が作られていないんじゃないかな、と感じる。たいていの施設が「女性のみ、又は男女ペア」専用施設、なのではないか。
もう1つは、「一人で行ったらクソつまらない」と感じること。
僕は、本当に面白い街とは、1人でふらりと出掛けても楽しい街のことだ、と信じている。それに対し、「スポット」は「一緒に行く人によって楽しいかどうか決まる」場所ではないのだろうか。
もちろん、出かけること自体の面白さが一緒に行く人によるのは当然ではあるが、少なくとも男2人で行ってもなんも面白くないことだけはよ〜く分かった。(そういうシーンを想像して恐ろしくなった。どこのホモだ。)

よって僕のフィールドは、上野浅草周辺がメインになってしまうのである。まぁ、元々下町生まれで、洒落たものより粋が好き、という血が流れているのでしょうか。


つい最近、ひょんなことから中学の同級生が、今日みたいな風が吹けば飛んでしまうくらい、小さな劇団で活動していることを知った。

小柄な彼女らしいと感じた。

多分食えてないだろうし、バイトと稽古と、小さな舞台で、小さな体を目一杯働かせているんだろうなぁ。

いつか、大きな風に乗れますように…。
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2004年05月18日

ワーディング

1年以上はブランクがあったかもしれない。焼肉を食べた。
そこでものの言い語って難しいなぁ、と感じることがあった。

店員の案内で木の椅子に座って、メニューを開く。例の騒動で、一部メニューがなくなっているようだった。
「ああ、これもない、あれもない。う〜む、俺の好物がかなり減ったなぁ、異常プリオンのバカヤロー!」と、高校生なら夕日に向かってダッシュして海辺で方で息をしながら叫ぶところだ。

メニューを一通り見終わったときだ。
「お飲み物のご注文、先に伺います」

そういえばこれ、いつどこではじまったのだろう。

居酒屋であれば、まぁ酒を飲みに来ているわけなので先に、というのもわかるのだが、食べ物屋で「先に飲み物」といわれるのが、何となく釈然としない。

僕は酒が相当苦手だ。ビールを1L飲むくらいなら、3日目のお風呂の残りを1L飲む方がマシだ!と、近くの銭湯からお湯を持ってきてがぶがぶ飲んでしまうだろう。そのような人間にとって、「先にお飲み物(=酒)」といわれるのは、気持ちのいいものじゃない。付き合いで行った居酒屋で、飲めないのに前に立たされて、コールがかかった気分になってしまう。
もちろん、ソフトドリンクでもいいのだろう。でも僕は「料理に甘い飲み物」というのも苦手なので、だいたいお茶になる。

もし、「お飲み物はいかがしますか?」だったら、あまり角が立たないんだよな。「あ、お茶にします」と、酒の飲めない人用選択肢が与えられるのだけど、「お飲み物の注文、先に伺います」だと、「酒頼まない人にはサービスしないもんね!」という脅迫でもされているようで、「あ、お茶でいいですぅ…」と、何となく肩を縮めてしまうのだ。

飲食業の方々、お客様は神様ですよ。選ぶ権利を奪わないでくださいな。
posted by copi at 02:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ショク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月17日

なんて人とは都合のよい

『「トラセン」-競馬blogトラックバックセンター-』からのお題です。

一番思い出に残っているダービー、オークス。
アグネスフライトが勝ったダービーです。

・・・。というより、他の記憶がないんです。
理由は、「馬券を外しているから」

ダービー、オークスの馬券は、取ったことがありません。
それでもアグネスフライトが勝ったダービーを何故覚えているかというと、「河内の夢はどうだ〜!?」という実況が、耳に残っているから、なのです。

馬券を外しても、買った馬と勝った馬を覚えている人間もいます。それは、競馬を愛しているからなのでしょう。
しかし、私は外したレースは、1週間すると忘れてしまう。覚えているのは、アグネスフライトのような場合が多い。

…。
そうか、僕は競馬自体でなく、そこにあるドラマ(見ている人間が勝手にドラマと思っているだけかもしれない)が好きなのか。

ベテラン名ジョッキー河内が、描き続けてきたダービー。1番人気は、弟弟子武豊のエアシャカール。直線で先に抜け出すエアシャカールにゴール直前で並びかけ、「河内の夢はどうだ〜!?」と同時に鼻差抜け出す…。
その時の武豊は、史上初のダービー3連覇がかかっていた…。

偶然。しかし脚本があったかのような、偶然ではすまされないストーリー。

それに期待しながら、今年もダービーの馬券をゆっくり財布にしまうんだろうな。

【TrackBack】
『トラセン」-競馬blogトラックバックセンター-』
トラセンからのお題 「ダービーの思い出を教えてください」

posted by copi at 04:11| Comment(9) | TrackBack(0) | ウマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロシアから日本への手紙

2セット目。ロシアが10点入れたくらいから、日本代表には明らかに焦りが見えた。

「自分達がストレートで破った韓国に負けたチーム、まぁここは楽勝でしょう」

選手達のまなざしにはどこか、心ここにあらず、既にアテネ、が垣間見えました。選手達だけでなく監督自身にも緩みはあったのでしょう。
それをコートの外から見ていた大山は、引き締めの意味で投入だったのでしょうが、さすがに動くのが遅すぎましたね。

ロシアとしては、韓国に負けた上に日本にも負けるなんて…という強豪としての意地!というモノは大きかったのでしょう。

本選に出場が決まった日、試合直後のインタビューで誰もロシア戦について言及しなかった(と思うのですが)ことから、「このチームにとって、試合は全て終わってしまった」のかもしれません。
緊張やプレッシャーが解かれた人間のもろさを見せられたような気がします。アテネへ向けて、ロシアからおきなハナムケを、彼女達は貰ったのですよ。

しかし逆に、緊張やプレッシャーは、エネルギーになりうるもの、精神にハリを与えることのできるものなんだな、とも思います。
例えば、明日がしめきりだ!という時に意外にいいものができてしまったりしませんか?
私コピーライター目指してますが、ギリギリになってからの方が、いいコピーが生まれたりするんですよ。
もっと前からやっていれば、と、毎回思いますが、迫ってから(プレッシャーがある)でないと書けないのも事実です。

参照元:にわか女バレマニア(最終回)from 伊吹雅也とビールを飲もうじゃないか

posted by copi at 01:01| Comment(1) | TrackBack(0) | ヒト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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